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東京高等裁判所 昭和20年(オ)50号 判決

上告人 控訴人・原告 伊東倹次

訴訟代理人 佐々木幸助 中澤喜一

被上告人 被控訴人・被告 齋藤禄治 外二人

齋藤禄治及び齋藤吉郎代理人 北川次男 阿部義次

主文

原判決を破毀する。

本件を仙臺高等裁判所に差戻す。

理由

上告理由は別紙上告理由書記載の通りである。

そこで、先づ上告理由第一點について判斷するに、原審の認定した事實によれば、上告人は大正十四年十二月二十七日に被上告人齋藤禄治に對し、本件不動産を代金七千五百圓で内金五百圓は契約成立と同時に、内金三千圓は大正十五年一月十日に、殘金四千圓は同年十月二十日にそれぞれ支拂うこと、所有權移轉登記は同年一月末日限りするが買主の都合によつて後日に延期し得ることを定めて、賣渡す契約をした。被上告人禄治は大正十五年二月二十四日までに四囘に右代金の内合計金三千百七十一圓二十七錢を支拂つたが、同人の求めによつて、同月二十七日兩者間に右代金を六千六百八十圓に減額し、既に支拂われた右金額を控除した殘額金三千五百八圓七十三錢の内金三千圓は同年十月二十日限り、殘金五百八圓七十三錢は大正十六年(昭和二年)五月二十日限り支拂う約定が成立した。

被上告人禄治はその後、大正十五年七月十九日に金二百圓を又同年八月七日に金八百圓をそれぞれ上告人に支拂つたので、その支拂額は合計金四千百七十一圓三十七錢に達した。上告人は同年十二月米國に渡航する直前、被上告人禄治に對し何時所有權移轉登記をしても異議がない、殘金は米國に送金せられ度いと申入れ、右登記申請に使用する爲めの白紙委任状數通を交付して、その登記手續を禄治に一任した。しかし被上告人禄治は登記費用、不動産取得税等の支辨に窮したので、登記手續を遷延していたが、上告人から交付を受けた白紙委任状には大正の年號が記載してあり、その訂正に必要な檢印がなかつたので、昭和年中に入つてからは使用できない状態になつた。そこで禄治は滯米中の上告人に對して、屡々窮状を述べて、更に殘代金の減額を求めると共に、改めて賣買契約書、登記申請書等を作成して送付するからそれに捺印してもらいたいと懇請したが、上告人が應じなかつたので、上告人の實印によく似ておる印判を他から入手して、上告人名義の登記申請委任状、賣買契約書等登記に必要な書類を作成したうえ、昭和九年五月二十二日に福島區裁判所小濱出張所にこれを提出して、上告人から被上告人禄治に對する本件不動産の所有權移轉登記を申請し、その登記を經由したと云うのである。

原審が上記の事實を認定し且つ本件賣買では所有權移轉の時期について別段の約定がなかつたから、本件不動産の所有權は賣買契約成立と同時に、上告人から被上告人禄治に移轉したものと判定したうえ、論旨に引用してある通り、被上告人禄治が上告人の僞印を使用して登記申請の委任状等登記官吏に提出すべき書類を作成したことは不法も甚しいが、その登記申請が受理せられて登記が完了した以上は、登記が實質上の權利關係に一致し且つ登記を經由することについて、豫め上告人の承諾を得ておる限り、上告人の登記義務の履行として爲された有效の登記と解するのが相當であつて、上告人はその登記の抹消を請求することができないと判示したことは、判文上明かである。

しかし、不動産登記が有效になされる爲めには、その登記が單に實體上の權利關係に一致するのみでなく、不動産登記法の定めておる形式上の要件を完備したものでなければならないことは、既に大審院判例の示す通りであるが(明治四十五年二月十二日言渡、明治四十四年(オ)第三百七十八號事件参照)被上告人禄治が上告人の實印に酷似する印章を使用して、上告人名義の登記申請委任状、賣買契約書等を僞造しこれを登記官吏に提出して、前記登記を經由したことが、原審の認定した通りだとすれば、右登記は明かに不動産登記法第三十五條第一項の規定、殊に同項第五號に違反して爲された登記であり、同號は登記が申請人の意思に基づいて爲されることを保障する爲めの方式を定めておる重要な規定であるから、これに違反して爲された前記登記は、他の比較的輕微な方式に違反する場合と異つて、たとえそれが實體上の權利關係に合致しておるとしても、又被上告人禄治が豫て上告人から前記登記を爲すことを委託されていたとしてもそれだけでこれを有效と解することはできない。蓋し、被上告人禄治は上告人から登記手續を委託せられてはおつたがそれは上告人が作成した委任状等を用いて爲すことであつて、上記のように勝手に委任状を作成し、これを用いて登記手續をする權限までは與えられておらなかつたとみるべきだからである。(この點は原審も同様に認定しておる。)

而して、前記登記が無效である以上、特別の事情のない限り、上告人に於て、被上告人禄治に對し、その抹消登記手續を爲すべきことを請求し得るのは云うまでもない。從つて右と異る前記原審の判斷は法律の解釋適用を誤つた違法があるものと云うべきであり、この違法は本訴請求中獨り被上告人禄治に對する部分ばかりでなく、同人から本件不動産の一部を買受けた被上告人吉郎に對し、又その他の部分を競落によつて取得した被上告人隆に對し、それぞれの取得登記の抹消登記手續を請求する部分にも影響すること勿論であるから、原判決はこの點に於て全部の破毀を免れない。

而して本件記録は戰災によつて燒失し、他の上告理由の當否を判斷する資料にも缺けておるから、更に原審の審理判斷を必要とする。

以上の次第によつて、他の上告理由についての判斷を省略し、民事訴訟法第四百七條によつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 箕田正一 判事 大野璋五 判事 柳川昌勝 判事 渡邊葆 判事 多田威美)

代理人佐々木幸助、同中澤喜一上告理由

第一點原判決ハ其ノ理由ニ於テ「唯前記ノ如ク右登記ノ申請ニ際シテハ被控訴人禄治ニ於テ控訴人名義ノ登記申請委任状ニ控訴人ノ實印ニ非ザル別個ノ印判ヲ押捺シテ之ヲ使用シタル外尚右登記申請委任状タルコト當事者間ニ爭ナキ甲第二號證、同保證書タルコト當事者間ニ爭ナキ甲第三號證、前記假登記抹消ノ際使用セラレタル解約證タルコト當事者間ニ爭ナキ乙第二號證、成立ニ爭ナキ乙第一號證ノ一、第七號證、丙第四、第五號證、原審證人今泉哲太、本多壽郎ノ各證言、原審鑑定人佐藤林兵衞ノ鑑定ノ結果ヲ綜合スレバ、右登記ノ申請ニ際シ、被控訴人禄治ハ登記原因ヲ證スル書面トシテハ司法書士今泉哲太ニ依頼シテ前記乙第一號證ノ一(土地建家賣渡契約書)トハ別ニ賣買契約書(該契約書ニモ控訴人ノ實印ニ非ザル印判ノ押捺セラレアルハ之ヲ推認スルニ難カラズ)ヲ作成セシメ、控訴人ノ權利證ハ之ヲ紛失シタルモノトシテ訴外本多壽郎外一名ニ懇請シテ其ノ承諾ヲ得タル上、哲太ヲシテ右壽郎等名義ノ保證書ヲ作成セシメテ夫々之ヲ使用シ、又右所有權移轉ノ本登記ヲ爲スニ先チ昭和九年四月二日福島區裁判所小濱出張所受附第壹〇壹四號ヲ以テ同年二月十四日ノ解約ヲ原因トスル前記假登記ノ抹消登記ヲ經由シタルガ右抹消登記ニ際シテモ哲太ヲシテ控訴人及被控訴人禄治名義ノ乙第二號證(解約書)ヲ作成セシメ且ツ控訴人名下ニ前記甲第二號證(登記申請委任状)ニ押捺シタルト同一ノ印判ヲ押捺シテ之ニ依リ其ノ登記ヲ爲シタル事實」ヲ認定シ且ツ「苟モ他人ノ實印ニ酷似セル印章ヲ恣ニ使用シテ其ノ權利、義務ニ關スル書類ヲ作成スルガ如キハ不法モ亦甚シク被控訴人禄治ニ於テ假令控訴人ヨリ登記手續一切ヲ委任セラレタリトハ云ヘ右ノ如キ僞印ヲ使用シテ登記申請委任状等登記官吏ニ提出スベキ書類ヲ作成スルコト迄モ許容セラレタルモノト解スベカラザルハ勿論ナルト共ニ當時登記官吏ニ於テ右委任状等ニ押捺セラレタル控訴人ノ印章ガ其ノ實印ニ非ザルコトヲ知リタランニハ適式ナル書類ノ提出ナキモノトシテ登記申請ヲ却下スベカリシモノナルコト言ヲ俟タザルトコロナルモ、既ニ右登記申請ガ受理セラレテ其ノ登記ヲ完了シタル以上、右登記ガ實質上ノ權利關係ニ吻合シ且ツ之ヲ經由シタルニ付豫メ控訴人ノ承諾ヲ得タルモノナル限リ右ハ控訴人ノ登記義務履行トシテ爲サレタル有效ノ登記ト解スルヲ相當トシ、控訴人ハ其ノ抹消ヲ請求スルコトヲ得ザルモノト謂ハザルヲ得ズ」ト判決シ、上告人ヲ敗訴セシメタリ。則チ、判決ハ其ノ理由ニ於テ被上告人禄治ニ於テ登記原因ヲ證スル書面、即チ賣渡證書及右賣買登記ニ付代理人ニ依リテ登記ヲ申請スル其ノ權限ヲ證スル書面、即チ上告人ノ登記委任状ノ僞造ナルコトヲ確定シナガラ、該僞造ノ書面ニ基キ爲サレタル登記申請ヲ所轄登記官吏ニ於テ受理シテ登記ヲ完了シタル上ハ上告人ト被上告人禄治間ニ於テ本訴物件ノ賣買契約ガ有效ニ成立シ且ツ右賣買物件ノ登記ニ付上告人ヨリ被上告人禄治ニ對シ其ノ登記手續ヲ爲スコトヲ一任シタル事實アルニ於テハ僞造ニ係ル賣買證書並ニ登記委任状ニ依リ爲サレタル登記ト雖モ實質上ノ權利關係ニ吻合セルヲ以テ上告人ノ登記義務履行トシテ爲サレタル有效ノ登記ナリト判示セラレタルモノトス。然レドモ物權ノ得喪及ビ變更ノ登記ガ有效ニ成立スルガ爲メニハ實質的ニ物權ノ得喪及ビ變更アリタルコトヲ要スルト共ニ登記法ニ於テ定ムル形式的ノ要件ヲ充タスコトヲ要ス。從テ形式的ノ要件ヲ缺ケル登記ハ不適法ナルヲ以テ、請求ニ因リ之ヲ抹消シテ原状ニ復セシムルコトヲ得ザルベカラズ。尤モ斯ル場合ハ更ニ登記權利者ハ正當ナル手續ヲ踐ミ登記義務者ノ承諾又ハ之ニ代ルベキ判決ニ依リ登記ヲ爲スコトヲ得ベキモノナルモ、既ニ爲サレタル登記ガ形式上ノ要件ヲ缺ケル場合ニ於テ實質上ノ要件具備スルノ故ヲ以テ之ヲ適法ナリトシ形式ノ欠缺ヲ不問ニ置クコトヲ得ザルハ夙ニ御院ノ判例トセラルル所ナリ(御院明治四十四年(オ)第三七八號、同四年二月一二日判決、民事判決録一八輯九七頁参照)。即チ吾ガ民法ハ不動産ニ關スル物權ノ得喪及ビ變更ハ登記法ノ定ムル所ニ從ヒ其ノ登記ヲ爲スニ非ザレバ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得ズト規定シ、不動産登記法第二十五條以下ニ於テ其ノ登記手續ヲ規定シ、又同法第四十九條ニ於テ登記官吏ハ登記申請ヲ却下スベキ場合ヲ規定シ登記申請者ヲシテ同法ニ依ル手續ヲ堅ク遵守セシムルコトト爲セリ。而シテ不適法ノ登記申請アリテ登記法第四十九條ノ規定ニ基キ登記官吏ニ於テ之ヲ却下スベキニ拘ラズ錯誤又ハ法律ノ誤解ニ基キ之ヲ受理シテ登記ヲ完了シタル時ハ右申請ハ恰モ申請ナキカ又ハ申請ノ無效ナルニ爲サレタル登記ト爲サザルベカラズ(岡松參太郎講述、不動産登記法六〇頁参照)。蓋シ不動産登記法ニ基ク形式的要件ヲ具備セシメ申請人ヲシテ之ヲ遵守セシムル所以ハ民法ノ規定ニ照シ公益上ノ目的ヨリ出ヅルモノナレバ不動産登記法ノ規定ハ強行法規ト解スベク之ガ適法ナル手續ヲ踐マザル登記ハ無效ト爲サザルベカラズ。然レバ假令、登記申請ガ受理セラレテ其ノ登記完了シ、右登記ガ實質上ノ權利關係ニ吻合シ、且ツ之ガ經由シタルニ付豫メ登記義務者ノ承諾ヲ得タルモノト雖モ、不動産登記法第三十五條第一項第二號及ビ第五號ニ定ムル登記原因ヲ證スル書面及ビ代理權限ヲ證スル書面ガ僞造ナルニ於テハ恰モ申請ナキカ、又ハ申請ノ無効ナルニ爲サレタル登記ト謂フベク其ノ登記ハ事實上存在スルモ効力ナキモノト謂ハザルベカラズ。若シ假ニ右登記ガ實質上ノ權利關係ト吻合シ居レルヲ以テ有效ナリトセンカ斯ル時ハ登記ニ關スル一般ノ信頼ヲ喪フニ至リ登記制度ヲ設ケタル趣旨ヲ没却シ民法ニ於ケル登記法ノ定ムル所ニ從ヒ其ノ登記ヲ爲スニ非ザレバ第三者ニ對抗スルコトヲ得ズトノ規定モ亦全ク無意義ニ化シ取引ノ安全ヲ阻害スルコトトナルベシ。只御院ニ於テハ登記原因ニ付實質上贈與ヲ原因トシタルニ賣買ヲ原因トシテ爲サレタル登記ハ事實ニ吻合セルヲ以テ右登記ハ有效トシ(御院大正九年七月二三日判決、民事判決録二二輯、二四一一頁参照)又建物ノ坪數相違セルモ之ヲ有效トセル判例(御院明治三八年六月七日判決、民事判決録九〇八頁参照)アリト雖モ右ハ實質上物權ノ變動其ノモノニ關スル誤ハ登記ヲ無効ナラシムルモ登記原因ニ關スル誤ハ登記ノ効力ニ關係ナキコト並ニ坪數ニ多少ノ相違アルモ同一性ヲ見誤ル虞レナキ限リハ其ノ登記ノ効力ヲ害スルモノナラザルコトヲ説示セルニ止リ、登記申請自體ノ無効ナル場合ト其ノ趣旨、全然相違ス。若シ夫レ登記經由ニ付豫メ登記義務者ノ承諾アリタル場合ニ於テモ其ノ代理委任状ヲ僞造シテ之ヲ行使シタルヲ有效ト爲サンカ、斯クテハ取引ノ安全ヲ期待スルコト能ハザルニ至ルベシ。從テ不動産登記ヲ有效トスルニハ實質上物權ノ得喪變更アルト共ニ登記法ニ則リ適法ナル登記ノ完了シタルコトヲ要スルモノト爲サザルベカラズ。然ルニ本件ニ於テハ原審ハ被上告人禄治ガ上告人ノ實印ニ酷似セル印章ヲ他ヨリ入手シテ登證原因ヲ證スル書面並ニ登記申請委任状ニ夫々之ヲ押捺、即チ僞造シテ本訴添付第一目録記載ノ物件ニ付、福島區裁判所小濱出張所昭和九年五月二十三日受附第壹九貳九號ヲ以テ登記ヲ完了シタルコトヲ認定シナガラ「右登記申請ガ受理セラレテ其ノ登記ヲ完了シタル以上、右登記ガ實質上ノ權利關係ニ吻合シ且ツ之ヲ經由シタルニ付、豫メ控訴人(上告人)ノ承諾ヲ得タルモノナル限リ右ハ控訴人ノ登記義務履行トシテ爲サレタル有效ノ登記」ト判示シタルハ當ニ法律ノ解釋適用ヲ誤リ且ツハ御院判例ノ趣旨ニ悖ルモノニシテ原判決ハ破毀ヲ免レザルモノナリトス。

然リ而シテ被上告人齋藤吉郎ハ本訴添付第一目録記載ノ物件中第二目録記載ノ物件ヲ競落ニ依リ取得シタリトシテ福島區裁判所小濱出張所昭和十年十二月二十六日受附第五壹八〇號ヲ以テ所有權移轉登記ヲ爲シ、又、被上告人齋藤隆ハ本訴添附第一目録記載ノ物件中、同第三目録記載ノ物件ヲ賣買ニ依リ取得シタリトテ同出張所昭和十二年三月一日受付第八參參號ヲ以テ爲サレタル所有權移轉登記ヲ經由シ居レルコト原審ノ確定シタル事實ニシテ、又上告人ハ本件不動産ニ付登記抹消ヲ求ムル權利、保護要件ヲ具備スルコトヲ原審ニ主張シ、原審亦之ヲ容認シ居レル所ナルヲ以テ既ニ被上告人禄治ノ本訴添付第一目録記載ノ物件ニ付爲サレタル所有權移轉登記自體無効ノモノタルコト、前論述ノ如クナルニ於テハ被上告人禄治ノ爲メニ爲サレタル該無効ノ登記ヲ基礎トシテ被上告人禄治ヨリ夫々右被上告人齋藤吉郎及齋藤隆ノ爲メ爲サレタル所有權移轉ノ登記モ亦從ツテ無効ト爲サザルベカラズ。然ラバ原判決ハ全部破毀ヲ免レザルモノナリト信ズ。

第二點原院判決理由ノ示ス所ニ依レバ原院ハ上告人ノ原院ニ於テ本訴請求ノ原因トシテ主張シタル大正十四年十二月二十七日上告人ヨリ被上告人齋藤禄治ニ對シ本訴不動産ノ全部、即チ第一目録記載ノ不動産ヲ代金七千五百圓ニテ賣渡ノ契約ヲ爲シタル後、大正十五年二月二十七日ニ至リテ右契約ヲ變更シテ代金ヲ六千八百八十圓ニ變更シタルガ爾來被上告人禄治ハ代金ノ一部ヲ支拂ヒタルモ殘金全部ノ支拂ヲ爲サザルニ拘ハラズ昭和九年五月二十三日恣ニ上告人ノ氏名ヲ冒用シ、又上告人ノ印章ニテ上告人ヨリ被上告人禄治宛ノ本件土地賣渡證並ニ所有權移轉登記ニ必要ナル委任状ヲ僞造シテ上告人名義ヨリ被上告人禄治名義ニ所有權ノ移轉登記ヲ爲シタルモノニシテ斯ル登記ハ自體無効ナリ。從テ禄治ヨリ所有權ノ取得登記ヲ受ケタル被上告人齋藤吉郎ノ第二目録記載物件ニ關スル登記並ニ被上告人齋藤隆ノ第三目録物件ニ關スル登記モ亦無効ナルガ故ニ右各登記ハ何レモ上告人ニ對シ抹消スベキモノナリトノ上告人主張ニ對シ前記上告人主張ノ前提事實ノ全部ヲ肯定認容セラレ、從テ本來ヨリセバ被上告人禄治ヘノ移轉登記及ビ以下ノ被上告人兩名ノ取得登記モ亦無効タルベキモノナルコトヲ是認セラレタルニ拘ラズ猶上告人名義ヨリ被上告人禄治名義ヘノ移轉登記ヲ有效トスベキ事由アリトシテ結局之ヲ有效ナリト認定セラレ從テ以下ノ登記モ亦動カスベカラザルモノナリトシテ結局上告人ノ本訴請求ヲ排斥セラレタルモノナル所、今茲ニ原判決ノ前記基本タル上告人ト被上告人禄治間ノ移轉登記ノ有效ナリトセラレタル數個ノ事由ニ對シ一々検討ヲ加ヘ何レモ法律ニ違背シタル不當アリトスル所以ヲ明カニスベシ。

(一)原判決理由ノ示ス所ニ依レバ前記不正登記ヲ有效ナリトスル事由ノ一トシテ先ヅ本件賣買契約ニ係ル不動産ノ所有權ハ賣買契約ト同時ニ買受人タル被上告人禄治ニ移轉シタルモノナリトノ事ヲ以テセラレタリ。原判決ハ此ノ認定ニ於テ「特定物ヲ目的トスル賣買契約ハ通常、其ノ所有權移轉ノ同意ヲモ包含シ特ニ反對ノ意思表示ナキ限リ目的物ノ所有權ハ契約成立ト同時ニ賣主ヨリ買主ニ移轉スルモノナリト解ス可キモノナルニ賣買契約證タル乙第一號證ノ一中此ノ點ニ關シ特段ノ記載存セズ……他ニ之ヲ推知スルニ足ルモノナシ故ニ賣買契約ト同時ニ所有權移轉シタルモノトス」ト判示セラレタルモノナル所特定物ニ關スル不動産ノ賣買ナリトテ通常且ツ原則的ニ常ニ當然所有權移轉ヲ伴フモノトスル原判決ノ見解ハ寧ロ通常一般ノ不動産賣買ノ取引ノ通例並ニ實状ニ添ハザルモノナリ。此種通常取引ノ實態トシテハ買主ハ所有權ノ取得ヲ主眼トシ、又賣主ハ代金ノ取得ヲ主眼トスルコト賣買取引ソレ自體ノ性質上明カナルガ故ニ賣主ハ代金ヲ受取ラザルニ拘ハラズ所有權ノミヲ早クモ移轉スルガ如キコトノ之レ無カルベキコト寧ロ取引ノ状態ナリトスベク、代金ヲ受取ラザルニ拘ラズ所有權ヲ移轉スルガ如キハ當事者ノ特種事情等ニ依ル寧ロ例外ノ場合ニ屬スルモノト云ハザルベカラズ。而シテ又現今、取引ノ常例ニ依レバ獨リ賣主ヨリ買主ニ對シテ目的タル不動産ヲ引渡サレタルヲ以テ滿足セズ之ガ移轉登記ヲ爲シ得ルニ至リタル時ヲ以テ初メテ所有權ガ賣主ヨリ買主ニ完全ニ移轉シタルモノトシ、又之ヲ以テ賣買契約ノ目的ヲ達成シ完了シタリト爲スコトガ公知ノ事實ナリト云フ可シ。此ノ點ニ關シ原判決ノ引用シタル所ニ依レバ契約ト同時ニ代金五百圓ヲ支拂フベク、又、金三千圓ハ大正十五年一月十日迄ニ支拂フコト、而シテ所有權移轉登記ハ同年十一月末日限リ履行ノ事トアリテ、即チ被上告人禄治ハ少クトモ代金合計三千五百圓ノ支拂ヲ爲シテ初メテ所有權取得登記ヲ受クル事ヲ得ベキモノナルコト明カニシテ此趣旨ハ亦原判決理由中ニ於テ正ニ認容セラレタル所ナリトス。此特約ハ現今賣買取引ノ一般通常ト相照シ本訴賣買物件ノ所有權ノ移轉ハ少クトモ買主ニ於テ先ヅ代金ノ内三千五百圓ノ支拂ヲ完了シテ初メテ行ハレルモノナル事ヲ示シテ餘アルモノト云フベシ。即チ以上ノ見地ヨリシテ原判決ガ賣買ト同時ニ所有權ガ買主ニ移轉スルヲ以テ通例トシテアル見解ハ一般取引ノ實情ニ背反シタル不當アリ又此點ニ關シテ特約ノ見ルベキモノ無シトセラレタルハ乙第一號證ノ一ニ明約シアル所ヲ無視シタル採證上ノ違法アリト云フベシ。

(二)又原判決ハ所有權ガ賣買契約ト同時ニ買主禄治ニ移轉シタル事由ノ一トシテ大正十五年三月十一日附ヲ以テ爲サレタル本訴不動産ニ關スル假登記ガ不動産登記法第二條ノ第一號ニ依ル、既ニ所有權ノ移轉アリタルモ未ダ登記申請ニ必要ナル手續上ノ條件ヲ具備セザルモノトシテ假登記ヲ爲シタルモノナリト擧示セラレタリ。然レドモ此點、原判決認定ノ資料タル第一審ニ於ケル原告本人伊東儉次並ニ被告本人齋藤禄治ノ供述ハ假登記ヲ爲スコトノ合意アリタル事實ヲ知リ得ルニ過ギズシテ如何ナル假登記ナルヤヲ知ルニ由ナシ。又乙第七號證等、登記謄本ノ記載スル所ニ依ルモ其甲區二番ニ於テ大正十四年十二月二十七日ノ賣買契約ヲ原因トシテ假登記ヲ爲シタルモノナルコトヲ知ルベキノミニシテ右ハ果シテ前記法條ノ第一號、第二號ノ何レニ依ルモノナルカヲ知ルニ由ナシ。反テ之ヲ乙第一號證ノ二ノ假登記解約證ノ記載ニ徴スルニ其ノ本文ニ「所有權移轉請求保全假登記ノ處」云々トアリテ即チ前記法條第二號ニ依ル未ダ所有權移轉セズ賣買契約ヲ原因トシテ他日ノ爲メ所有權移轉ノ請求權ヲ保全スル爲メノ假登記ナルコト明確一點ノ疑アルベカラズ。又事實ニ於テモ右假登記ヲ爲シタル大正十五年三月十一日當時ハ變更前ノ契約タル乙第一號證ノ一ニ依レバ大正十五年一月末日以後ハ被上告人禄治ニ於テ本訴不動産ノ所有權取得登記ヲ受ケ得ル筈ナルモ前記冒頭論旨ノ如ク其前ニ同年一月十日迄ニ金三千五百圓ヲ上告人ニ支拂フコトヲ要スルニ右假登記當時ニ於テハ未ダ其ノ滿金ノ支拂ナク(此點ハ原判決理由ノ中段代金支拂關係説示ノ點ニ於テ原判決ノ認容セラレタル所ナリ)從テ前記前段所論ノ如ク未ダ所有權其者ノ移轉ノ時期到來セザリシモノナルコト明ナルガ故ニ從テ前記假登記ノ如何ナルモノナルヤハ斷ジテ原判決見解ノ如カラザルモノナルコトヲ知ルベク旁々原判決ハ證據ノ明示スル所ニ反シテ獨斷的ニ判示シタルノ不法アリト云フベク、若シ百歩ヲ譲ルモ右ノ假登記ハ乙第一號證ノ一ニ依リ大正十五年一月末日以後初メテ所有權移轉ノ登記ヲ爲シ得ベキモノナルガ故ニ此時期到來スルニ至リテ後同年三月十一日初メテ所有權移轉ノ請求權保全ノ假登記ヲ爲シ得タルモノナリト云フベク之ヲ契約當時タル大正十四年十二月二十七日ニ遡ラシメテ既ニ所有權ノ移轉アリタルモノトスル資料タラシメタルハ明カニ違法ナリト云フベシ。

(三)原判決ニ於テハ又、一部ノ理由トシテ大正十四年十二月本件賣買契約以後ハ本件一切ノ不動産ニ付被上告人禄治ヲシテ自由ニ使用、収益ヲナサシメ來リ別ニ之ニ對スル賃料等ヲ受取リタル事ナキハ上告人ニ於テ爭ナキ事實ナリトシ之ヲ以テ所有權ヲ被上告人禄治ニ移轉シタルコトヲ上告人ニ於テ承認シ居リタルモノナリト判斷セラレ居ル所ナルモ此ノ點ニ關スル上告人ノ主張ヲ一審及ビ原院口頭辯論ニ於ケル調書ニ依リ調査スルニ特ニ右ノ如キ主張ヲ被上告人禄治ニ於テ主張シタリト認ムベキ記載ナク、從テ又上告人ニ於テモ之ヲ認メ又ハ爭ハズトシタル特別ナル記載ナシ。原判決ハ爭アルヤ否ヤノ點ニ付之ヲ知ルベキ根據ナクシテ漫然爭ナキモノトシ判斷ノ資料ニ供シタルノ違法存スルノミナラズ、若シ假リニ果シテ同不動産ヲ上告人ヨリ被上告人禄治ニ自由ニ使用収益セシメ來リ諸公課モ亦同人ヲシテ負擔セシメ來リタル事實アリトスルモ、コハ一面ニ於テ被上告人禄治ガ上告人ニ對シ支拂フコトヲ要スル買受代金ニ對シテハ契約ノ時ヨリ現實支拂ヲ爲スニ至ル迄ノ間一定ノ利息ヲ附加シテ支拂フコトノ特約ノ存スル事實ヲ看過スベカラズ。而シテ斯ル特約ノ存スル事ニ付テハ乙第一號證ノ一當初ノ賣買契約並ニ乙第一號證ノ二ノ變更契約證ニ於テモ之レヲ認ムルコトヲ得ベク又原判決理由中ニ於テモ之ヲ認容セラレタル所ナリトス。而シテ賣買代金ニ對シテ買主ガ相當ノ利息ヲ附加シテ支拂フコトトスル場合ハ之ガ對價トシテ賣買ノ目的タル不動産ノ使用収益ヲ賣買完結以前ニ於テモ買主ニ差許シ置クコトハ當然ノ理ニシテ之レ取引普通ノ状態ニシテ原判決ノ如ク所有權ヲ移轉シタルガ爲メナリトノミ即斷スベキモノニアラズ。即チ原判決ハ何等據ル所ナクシテ重要事實ヲ爭ナキ所トシテ判斷ノ資ニ供シタル不法アルノミナラズ、買主ニ使用収益ヲ許シタルコトガ買主ノ義務ニ屬スル買受代金ニ相當ノ利子ヲ附シテ支拂フコトト爲シタル事實ト相互牽連關係ニアル事實ヲ無視シ此ノ點ニ關シ判斷ヲ遺脱シタルノ違法アリト云フベシ。

(四)次ニ原判決理由ノ示ス所ニ依レバ「控訴人(上告人)ガ大正十五年十二月米國ニ渡航スル直前被控訴人禄治ニ對シ渡米不在中何時、右不動産ニ付所有權移轉登記ヲ經由セラルルモ異議ナク殘代金ハ米國ニ送金セラレ度旨申入レテ其承諾ヲ得右登記申請ニ使用スベキ白紙委任状數通ヲ交付シテ其手續ヲ一任シタル事實ヲ認メ得ベク」云々判示シテ斯ク委任シタル以上ハ假令僞造文書ヲ作成シテ登記ヲ爲スモ遂ニ其ノ實體上ノ權利關係ニ反スルコトナキガ故ニ該不正登記モ亦有效化スルモノト判斷セラレタルニアリ。然レ共此ノ點ハ上告人ノ本件ニ於テ最モ重要視スル點ニシテ先ヅ原判決ガ被上告人禄治ニ於テ登記ヲ爲シ得ル事ガ同人ノ唯一重要ノ義務タル買受代金ノ支拂ノ完了如何ニ關スルコトナキヤノ點ニ就イテ原判決ガ毫モ審理判斷スル事ナクシテ漫然不正登記ヲ有効トナシタル點ヲ最モ不當ノ甚ダシキモノナリトスル所以ニシテ之ヲ左ニ詳論セントス。

先ヅ原判決ハ理由ノ一部ニ於テ本件賣買ニ於テハ契約ト同時ニ所有權ガ買主ニ移轉シタルモノト認ムベキモノナルガ故ニ買主タル被上告人禄治ハ本來、何時ニテモ上告人ニ對シテ所有權ノ移轉登記ヲ求メ得ベキモノナリ。故ニ所有權移轉登記ガ本件ノ如ク僞造不正行爲ニ依リ爲サレタル場合ニ於テモ結果ニ於テハ實體上ノ權利關係ニ反スル事ナキガ故ニ登記ハ有効トシテ其儘保有スベキモノナリト云フガ如キ趣旨ノ判斷ヲ與ヘ被上告人齋藤吉郎、齋藤隆等亦斯ク主張シ來リタルモノナル所、右ハ大ナル誤リナリト云フベシ。即チ凡ソ不動産ノ賣買契約ニ於テ代金全部又ハ一部ノ支拂ナキモ又ハ代金ノ支拂時期經過シタルニ拘ラズ其支拂ナキモ其以前ニ於テ所有權ノ移轉登記ヲ爲スベキ特約ガ當事者間ニ存スル場合ニ於テハ或ハ原判決見解ノ如ク解シ不正登記ナリトスルモ之ニ對シ一種ノ効果ヲ認ムルモ可ナリトスルヲ一理アリト云ハンカ。然レドモ代金ノ支拂關係如何ニ不拘、苟クモ不動産ノ特定シタル物ノ賣買契約ニ於テハ契約ト同時ニ所有權買主ニ移轉ス。故ニ買主ハ直ニ所有權ノ移轉登記ヲ求ムル權利アリ。從テ該登記ガ假リニ買主ノ僞造不正行爲ニ爲サレタル場合ニモ該登記ハ有效トシテ保有スベキモノナリトノ論ハ餘リニ取引ノ常識ニ反シ特ニ民法第五百三十三條ノ法理ニ背反スルモノト云ハザルベカラズ。該法條ニ於テハ債務ノ双方公正ナル履行ヲ遺憾ナカラシメントシテ特ニ反對ノ特約ナキ限リハ双方ノ債務ヲシテ同時ニ履行セシムルコトトシ一方ノミガ權利ヲ行使セントスル場合ニ於テ他ノ一方ハ自己ノ權利行使ノ故ヲ以テ相手方ノ要求ヲ拒絶スルコトヲ得シムルニアリ。原判決ノ如クンバ遂ニ賣主ヲシテ右法條ニ於テ與ヘラレタル同時履行ノ抗辯權ヲ行使スルノ機會ヲ失ハシメ、該權利ヲ奪去スルノ結果ヲ肯認スルモノニシテ右判旨並ニ被上告人等ノ主張スル所、不法モ亦甚シキアルモノアルコト明カナリト云フベシ。

(五)原判決ニ示サレタル一面ノ理由ノ如ク上告人ガ被上告人禄治ニ對シ何時ニテモ所有權移轉登記ヲ爲シ得ルコトヲ承諾シ、右登記方ヲ一任シテ白紙委任状ヲ交付シ置キタリトノ事實ガ何等條件ナク單純ナル一任ナリトスルニ於テハ前論ト大ニ趣ヲ異ニシ上告人ノ不利ニ解セラルルモ亦止ムヲ得ザヲントノ論ヲ生ズベシ。然レドモ右白紙委任状ノ交付ガ果シテ單純無條件ノモノカ、換言スレバ被上告人禄治ノ上告人ニ對シ支拂ハザル可カラザル買受代金ノ支拂如何ニ何等關係ヲ有セザルモノナリトスベキモノナルカ上告人ハ此點ヲ特ニ本件ノ重要爭點トナスモノナリ。抑モ上告人ノ原院ニ於テ主張スル所ハ當初ノ大正十四年十二月ニ於ケル乙第一號證ノ一ノ賣買契約ニ於テハ買主タル被上告人禄治ハ大正十五年一月十日限リ二口合計金三千五百圓ノ買受代金ノ内金ヲ支拂ヒタル後殘金ノ支拂ナキモ同年一月末日限リ所有權移轉登記ヲナスベク約シタルモノナルガ故ニ被上告人禄治ガ同一月十日迄ニ右三千五百圓ヲ支拂完了セバ最早所有權ノ移轉登記ヲ爲シ得ル關係ナルモ同人ハ右一月十日迄ニ右金員ノ支拂ヲ爲サズ故ニ登記ヲナスベキ期日ノ約定アルニ不拘右金員ノ支拂ナキ限リハ登記ヲ拒ミ得ベキ關係ニアリト主張シ而シテ右金圓ハ前記期限ヲ經過スルモ遂ニ支拂ナク期限後大正十五年二月二十四日迄ノ間ニ漸ク合計金三千百七十一圓二十七錢ノ支拂アリテ猶未ダ三千五百圓ニ達セザルガ故ニ登記ノ履行ヲ拒ミ得ルモノナル處斯ル状態ノ間ニ大正十五年二月二十七日ニ於テ双方合意ノ上賣買代金ヲ六千六百八十圓ニ減額シテ内金三千百七十一圓二十七錢ハ前記ノ如ク支拂アリタルモノトシ殘金三千五百八圓七十三錢ノ内金三千圓ハ同年十月二十日限リ金五百八圓七十三錢ハ大正十六年五月二十日限リ支拂フ事ニ前契約ヲ變更シタルモノナル旨ヲ主張シ次デ右變更契約當時ハ既ニ當初ノ契約ニ於ケル登記時期タル大正十五年一月末日ヲ經過シ居リタルノミナラズ右變更契約ニ於テハ改メテ登記ノ時期ニ關シ定ムル所ナカリシガ故ニ登記ノ時期ニ關スル前契約ハ自然ニ消滅又ハ變改セラレテ殘代金全部ノ支拂ト同時ニ登記ヲ爲スベキ同時履行ノ本則ニ立返リタルモノナリ。故ニ買受人タル禄治ハ右代金全部ノ支拂ナクシテハ登記請求權ヲ行使スルニ由ナク之ヲ行使セントスルモ上告人ニ於テ前記法條ノ趣旨ニ於テ之ヲ拒絶シ得ルモノナリト主張シ更ニ其ノマ、被上告人禄治ハ大正十五年八月七日迄ノ間ニ支拂金四千百七十一圓二十七錢トナリタルモ猶殘不足金二千五百餘圓ト特約ノ利子ノ支拂ナキヲ以テ依然トシテ登記ノ履行ヲ拒絶シ得ベキ權利ヲ有スル關係ニアリ。然ルニ被上告人禄治ハ右ニ拘ラズ恣ニ上告人ノ氏名ヲ冒用シ僞印ヲ以テ移轉登記ヲナシタルモノナルガ故ニ該登記ハ當然無効ニシテ從テ被上告人吉郎及隆等ノ轉得登記モ亦無效ナリト主張シタルニアリテ右ノ主張ノ内當初ノ契約ノ趣旨、該契約時期ニ於テ支拂アリタル代金ノ關係、代金額及支拂方法ノ變更契約及該契約以後ノ支拂金殘未濟金ノ存在等ノ事實ハ原判決理由ニ於テ容認セラレタル所ナル事自體明ニシテ之ニ加フルニ上告人主張ノ代金ノ支拂未濟アルノ故ヲ以テ登記ノ履行ヲ拒ムノ權利アリトノ主張ニシテ原院ノ容認セラルル所ナランカ、上告人主張ノ登記全部無效ニ關スル主張ハ前記(四)所論ノ理ニ依リ當然採用セラレ、上告人ヲシテ正ニ勝訴者タラシメザル可カラザルコト明白一點ノ疑ナシト云ハザルベカラズ。

(六)然ルニ原判決理由ノ説示スル所ニ依レバ先ヅ其一トシテ大正十五年二月二十七日ノ變更契約ニ於テハ代金額、支拂方法、金利等ヲ變更シタルノミニテ代金全額ノ支拂以前ニ於テ登記ヲナスベキ部分ノ第一回契約ニ於ケル約旨ハ何等變更ナク依然存續セシメタルモノナリト云フニアリ。然レドモ右變更契約ニ於テ特ニ右ノ點ニ關シ定ムル所ナカリシハ原院ニ於テ上告人ノ自ラ主張スル所ナルモ右ハ何等定ムル所ナカリシガ故ニ變更ナク存續スルトスルヲ正解トスベキカ、又ハ上告人主張ノ如ク、變更契約ニ依リテ自然ニ消滅又ハ變改セラレタルモノトスルヲ正解トスベキカ。抑モ大正十四年十二月ノ當初ノ賣買契約ニ於ケル登記期日ナルモノハ原判決ニ於テモ認容セル如ク大正十五年一月十日迄ニ金三千五百圓ヲ支拂タル後同月末日迄ニ登記ヲ爲スベシト云フニアル所右代金ノ支拂及ビ登記ハ何レモ履行セラレズシテ空過シタル後同年二月末日ニ至リテ代金額、其支拂方法等ノ變更契約ガ行ハレタルモノナリ。然ラバ同年一月十日マデニ金三千五百圓ヲ支拂ヒ同月末日迄ニ登記スベシトノ事ハ最早過去ノ事實ニ屬シ將來ニ實現シ得ベカラザルモノナルヤ明カニシテ原判決ノ如ク猶ホ將來ニ存續ストノ解釋ハ誠ニ道理上容ルベカラザルモノナルヤ明カナリト云フベシ。況ンヤ右ノ變更契約ニ於テハ既ニ支拂濟ノ代金ヲ三千百七十一圓二十七錢トシ其残金三千五百八圓七十二錢ノ内金三千圓ハ同年十月二十日、五百八圓七十三錢ハ大正十六年五月二十日限リ支拂フコトニ規定シタルモノニシテ此支拂期日及支拂金額ナルニ對シテ前契約ニ於ケル金三千五百圓ノ支拂ナルモノヲ如何ニ適用スベキカ之ヲ適用セントスルモ變更契約ニ於ケル支拂期日並ニ支拂金額ノ特定セラルルモノアリテ之ヲ適用スルニ由ナキコト明カナルベシ。則チ此點ニ關シテ當事者ガ其本人訊問ニ於テ如何ニ陳述シ居ルヤニ拘ハラズ動カスベカラザル道理ハ遂ニ前契約ニ於ケル登記ニ關スル特約ハ自然ニ消滅ニ歸シ又ハ變改セラレテ或ハ少クトモ變更契約ニ於ケル第一回ノ殘代金ノ内金三千圓ヲ同年十月二十日限リ支拂フト共ニ登記スルコトトナリタルモノト解スベク原判決ノ右ノ點ニ關スル判示ハ一般條理ニ反シタルモノニシテ達法ナリト云ハザルベカラズ。

(七)更ニ進ンデ原判決ノ一面ノ理由ト爲シタル「大正十五年十二月上告人ガ米國ニ渡航スル直前被控訴人禄治ニ對シ渡米不在中何時右不動産ニ付キ所有權移轉登記ヲ經由セラルルモ異議ナク殘代金ハ米國ニ送金セラレ度旨申入レテ其ノ承諾ヲ得右登記申請ニ使用スベキ白紙委任状數通ヲ交付シテ其手續ヲ一任シタル事實ヲ認メ得ベク」云々ノ認定ヲ前提トシテ斯ク一任シタルガ故ニ被控訴人禄治ガ殘代金ノ支拂ナキニ拘ラズ恣ニナシタル移轉登記ヲ有效トセザルベカラズトノ原判決ノ論結ガ果シテ正當合法ナリヤ否ヤノ點ニ關シテ検討スルニ上告人ノ原院ニ於ケル主張ハ飽ク迄殘代金ノ支拂ヲナスニ有ラザレバ移轉登記ヲ爲スベキニ有ラズ茲ニ假ニ被上告人禄治ヨリ登記ノ請求アリタリトスルモ代金未濟ノ故ヲ以テ之ヲ拒ムノ權利ヲ有シタルモノナリト云フニ有リタル事ハ原判決事實摘示ニ於テ明カナリトス。而シテ右原判決認定ノ所謂白紙委任状數通交付ノ時期如何ヲ見ルニ大正十五年十一月カ十二月ナリト云フニ有リテ何レニスルモ大正十五年十一月一日以後ナルコトハ明確ナリ。而シテ一方右ノ時期ハ被上告人禄治ガ上告人ニ對シ支拂フベキ殘代金ノ支拂時期ト如何ナル關係ニアリヤヲ案ズルニ乙第一號證ノ二ニ依リ明カナル如ク此時既ニ殘代金ノ内第一回ニ支拂フベキ金三千圓ハ同年十月二十日限リナリシコト明カニシテ被上告人禄治ハ其支拂ヲ延期シ期限ヲ經過シ居リタル事實ハ原判決ノ亦之ヲ認ムル所ナリトス。茲ニ大ナル問題ノ存スル事ニ注意セサルベカラズ。即チ一方ニハ被上告人禄治ニ於テ上告人ニ支拂フコトヲ要スル大正十五年十月二十日期限ノ金三千圓ノ支拂ヲ既ニ延滯シ居レリ。而シテ一方ニ於テハ斯ル延滯シ居ル状態ノ下ニ登記シ得ベキ白紙委任状ヲ上告人ヨリ被上告人禄治ニ交付シタリト云フ事實ナルニ於テ之ヲ常識及一般取引状態ニ徴シテ被上告人禄治ハ其延滯シ居ル金三千圓ヲ上告人ニ對シ支拂フト共ニ移轉登記ヲ爲シ得ル趣旨ニ於テ白紙委任状ヲ交付シタルモノナリトナサザルベカラズ。只右三千圓ノ支拂ナキニ不拘、白紙委任状ヲ交付シタルハ上告人ハ米國ニ渡航シテ不在トナルガ故ニ登記ノ際、書類ノ作成、捺印等ノ不便ヲ避ケントスルガ爲メノミ。即チ上告人ハ米國ニ渡航シテ不在トナルガ故ニ右ノ延滯ノ三千圓ハ米國ニ送金スルコト、斯クシテ被上告人禄治ハ白紙委任状ニ依リ登記ヲ爲ス事ト爲シタルモノナルコト一般常識並ニ取引ノ通例トシテ認容セザルベカラズ。而モ原判決理由中ニ於テモ前記摘録ノ如ク「渡米不在中何時ニテモ右不動産ニ付所有權移轉登記ヲ經由セラルルモ異議ナク殘代金ハ米國ニ送金セラレ度旨申入レテ其ノ承諾ヲ得」云々ト判示シテ其趣旨ニ於テ上告人ノ前記主張ヲ認容シタルニ拘ラズ又ハ少クトモ殘代金ト登記ト相關係ニ有ルモノナルコトヲ肯定セラレタルニ拘ラズ結局ニ於テハ右殘代金ノ支拂關係ガ如何ニアルヤノ點ニ付之ヲ看過シテ何等判示スル所ナク漫然登記ノ有效ナル點ノミニ付判斷ヲ與ヘタルハ重要ナル事實爭點ノ判斷ヲ遺脱シ又取引ノ通則ニ背反シタルモノト云フベシ。

(八)若シ又原判決ガ殘代金ノ支拂如何ニ拘ラズ被上告人禄治ニ於テ上告人ノ委任シタル所ニ從ヒ登記シ得ルモノナリトノ意ナリトセンカ斯ル場合ニ於テモ原判決ハ法ノ趣旨ニ背反シタル違法アリト信ズルモノナリ。即チ被上告人禄治ハ殘代金ノ支拂以前ニ於テ原判決ノ認ムル如キ上告人ノ一任スル所ニ從ヒ既ニ登記ヲ經由シ履行シ終リタルモノトセバ問題ハ之ニ依リテ止マンカ。然レドモ如何ナル事情ニ依ルニセヨ未ダ登記ヲ經由セザル間ニ被上告人禄治ノ義務ニ屬スル代金支拂ノ時期ガ到來シ賣主ヨリ之ヲ請求セラルルニ至リタル場合ニ於テハ民法第五百三十三條ノ法理ニ依リ、又殘代金ノ支拂ヲ爲スニ有ラザレバ登記ヲ拒ム旨ノ通告ヲ受クルニ至リタル場合ニ於テハ民法第六百五十一條ノ法理ニ依リ被上告人禄治ハ最早直チニ登記ヲ爲スコト能ハザルベキコト當然ナリト云フベシ。而シテ被上告人禄治ノ殘代金支拂義務ハ乙第一號證ノ二及原判決ノ認容スル所ニ依リテ明カナル如ク金三千圓ハ大正十五年十月二十日限リ又五百八圓七十二錢ハ大正十六年五月二十日限リニシテ禄治ハ期限後一部ノ支拂ヲナシタルモ大部分ハ延滯ノ儘ニ放任シ上告人ヨリ屡々其ノ請求ヲ求ケツツアリタル事實、被上告人禄治ヨリモ昭和四年中ヨリ昭和七年中ニ至ル迄屡々代金支拂ノ延期減額方ヲ上告人方ニ求メ來リタルモ上告人ニ於テハ之ヲ拒絶シテ全額ノ支拂ヲ求メ來リタル事實ハ原判決理由中ニ於テ之ヲ容認シタル所ナリトス。而シテ民法第五百三十三條ハ當時双方ノ債務ノ履行ニ付先後ノ約アリタル場合ニ於テモ未ダ一方ノ履行ヲ爲サザル間ニ他ノ一方ノ履行期到來スルニ至リタル場合モ先後同時履行ノ關係ヲ生ズルモノト解スベク、又當初無條件ニ登記ノ一任アリトスル場合ニ於テモ未ダ委任事務ヲ遂行セザル間ニ相手方ノ債務履行期到來シタルガ故ニ該債務ヲ履行スルニアラザレバ登記ヲナスベカラザル旨ノ通知ハ委任ノ一種ノ解除少クトモ條件ヲ付シタル意思表示ナリト云フヲ得ベク之ニ依リ被上告人禄治ハ最早自己ノ義務ニ屬スル代金ノ支拂、又ハ提供ヲ爲スニアラザレバ登記シ能ハザルニ至リタリトスルヲ當然ノ法理ナリトスベシ。而シテ上告人ハ原院ニ於テ飽ク迄モ殘代金ノ支拂ヲ爲サズシテ登記ノミヲ爲シ得ザル關係ニアルコトヲ強調シタルモノニシテ原判決ガ以上ノ事實並ニ法律關係ヲ顧ミズシテ被上告人禄治ノ恣ニ爲シタル本件登記行爲ヲ有效ナリトセラレタルハ本論旨ノ點ヨリスルモ不當甚シト云フベシ。

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